第1幕 第1節
「佐藤りんの中の人だけど質問ある?」
巨大な匿名掲示板のサイトにこのような題名の記事が投稿され、利用者は騒然か──そんなネットニュースの記事が私のスマホに表示された。
「佐藤りん」とは自分の顔や本名を隠して、キャラクターとして活動する形で動画の配信や投稿を行っている、いわゆる「バーチャルライバー(Vライバー)」と呼ばれる配信者の一人である。こう書くと数多く存在している泡沫(ほうまつ)ライバーの一人かと思うだろうが、彼女の動画チャンネル登録者数は60万人を超えている。登場してまだ一年足らずだが、ハイペースで登録者数を増やしている、今ブレイク中のVライバーなのだ。
「彼女」といったが、「佐藤りん」は元気でかわいらしい女の子のキャラクターだ。高校生の設定である彼女は、歌、ダンス、トーク、すべてをそつなくこなす。先日は配信内で流暢(りゅうちょう)な英語を披露していた。
そんな大人気Vライバーの「中の人」、つまり演者が巨大掲示板に「降臨」した──というわけなのだが、人気がある存在には、常にその人気にあやかろうとする偽物も多い。案の定、掲示板の利用者に偽物として判定されたのか、無視されたり、本物だとしても答えることをためらうような、きわどい質問をされたりしていた。結局「中の人」は最初の数個の質問に答えたのみで、その後は掲示板に姿を見せなくなり、数日後には投稿自体が削除された。やはり偽物だったのだろうが、もし本物が降臨していたらどうなっていただろう──という文章でネットニュースの記事は締めくくられていた。
もし、私が「巨大掲示板に現れた『佐藤りん』の『中の人らしき人物』は本物か偽物か?」と聞かれたのなら、九分九厘で偽物だと断言できる。なぜなら、私が「佐藤りん」の中の人なのだから。一度も巨大掲示板にアクセスしたことがない私が言うのだから、間違いはない。